岩永祥紀(元春日富士)死去!死因は?親方を辞めた理由や嫁との離婚も

この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。

どーも管理人です。

今日はちょっと早かっですが

春のお彼岸のお墓参りに

行ってきました。

本当は昨日行く筈だったんです

が忙しくて今日になりました。

帰りにステーキ屋に寄って

奮発して2000円を超える

ステーキを食べたのですが

何故かこれがお腹に当って

しまいお腹の調子がさっきまで

悪かったです。(^_^;)

お店の食材が悪いわけでは

なくて食材が自分の体に

合わなかったみたいです。

管理人の胃腸は結構デリケート

なんです。(*´ω`*)

ところで今日は3・11があった

日ですね。

あの日から6年が経ちました。

当時の状況などは今だに

動画サイトでも見られますし

昨日のことの様に思い出せます。

この場を借りて慎んでお祈りを

させて頂きます。m(_ _)m

そんな今日ですが早速訃報が

入ってきましたね。

元幕内春日富士こと

岩永祥紀さんがお亡くなりに

なられました。

51歳でした。

今回は岩永さんにスポットを

当てたいと思います。

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岩永祥紀

引用元:wikipedia

名前:岩永祥紀 (いわなが ひろのり)

四股名:春日富士 晃大(かすがふじ あきひろ)

年寄名:春日山 由晃(かすがやま よしあき)

    雷 昌之(いかずち まさのり)

生年月日:1966年2月20日

年齢:51歳

出身地:宮城県牡鹿郡牡鹿町

身長:178cm

体重:144kg

通算成績:518勝542敗5休(94場所)

元幕内春日富士こと岩永祥紀さんは

宮城県の生まれですが幼少時に

神奈川県に転居しています。

岩永さんは部屋に入門前する

までは結構あれていて

当時の春日山部屋の親方が

岩永さんの中学校に岩永さん

を勧誘に行った時は

学校の校長先生が

部屋に迷惑をかける恐れが

あるので岩永さんの入門を

辞めさせ様とした程らしいです。

まあどれだけ世間で荒れていても

相撲の世界の人間とは思えない

ほど屈強な力士達からしたら

中学校の不良くらいは眼中でも

ないでしょう。

しかし岩永さんは持ち前の

負けん気で1981年に初土俵

を踏むとそこから1060回も

連続出場を果たしています。

その相撲スタイルは強烈な

突き押しや組み付いての変化技

が多彩な力士で力士の中では

小柄でしたが実に小気味良い

取り口でした。

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死因

岩永さんは2017年3月10日に

亡くなられていましたが

その死因は明らかにはされて

いません。

ここでポイントになるのが

死因が遺族の意向により非公表

となっている点です。

病死なら死因を公表する

可能性は高いと思います。

となると世間体を考えて

公表できない理由とか

なのでしょうか?

もちろん、何らかの病気だった

のかも知れませんし、

その可能性も高いですが

岩永さんがまだ51歳とお若く

ちょっと早いかなと思います。

どうしても死因がひっかりますね。

岩永さんは力士としては優秀でし

たがプライベートでは後述します

が問題が多い人でもありました。

その辺りを考慮すると病死以外の

理由の可能性の否定できだけに

複雑です。。

親方を辞めた理由

岩永さんは1966年に現役を

引退しその後は第二の故郷

とも言える神奈川県川崎市に

神奈川県では初となる

相撲部屋を立ち上げ地域密着型

の相撲部屋を図りました。

ですが2011年に弟子の春日王が

相撲の八百長問題への関与

疑われ岩永さんも相撲協会での

地位が降格となりましたが

翌年2012年には相撲協会の

理事長選に出馬し当選しています。

これを契機に岩永さんは同門の濵錦

に部屋を譲り自らは「雷」

に名跡変更し、部屋付親方

として又協会の要職も同時

に兼任していました。

順風満帆とも思えた現役引退後

の人生ですがこの時期から人生

の歯車が狂い始めます。

岩永さんは妻子がある身でしたが

相撲協会の40代の女性事務員との

不倫が発覚したのです。

更に問題はこれだけでは終わらず

その後、不倫での交際費や交遊費

までも経費として協会に申請して

おりこれが問題視され協会に

退職届けを提出し相撲の世界

から消えます。

岩永さんの理事としての月給は

140万円で賞与も含めると

年収は2000万円を超えて

いました。

これらを失うだけではなく

相撲の世界からも去る事に

なるとは不倫の代償として

は余りにも大き過ぎましたね。。

ですが更に問題は続きます。

今後は2013年には部屋を譲った

濵錦親方から名跡証書を

退職後も不当に保持している

との理由から裁判を起こされます。

この件は今年の先月2月20日に

岩永さんと濵錦親方双方の和解

を解決しましたが

その矢先に今回の岩永さんの

死去でした。

嫁との離婚

岩永さんは奥さんとは

不倫問題の直後に離婚

されています。

奥さんのその後も調べましたが

情報がありません。

因みに岩永さんと不倫関係に

あった協会の事務員の女性も

当然ですが事務員を退職し

岩永さんと一緒に相撲の世界

から去り姿を消しました。

なので不倫問題、その後の長い裁判、

妻との離婚などを省みて今回の

岩永さんの死因結びつけるのは

無理があるでしょうか?

否、決して無関係とは思えない気が

するのです。

少なくとも直接的ではないにしろ、

これらの事は岩永さんの心身に

かなりの負担を与えていたと思います。

身から出た錆ではありますが

相当疲弊したのは間違いなく

現役生活で酷使してボロボロだった

肉体と精神に追い打ちをかける

様に多大な心労が重なったのは

確実だと思います。

まあ今となっては下衆の勘ぐりですが。。

まとめ

いかがでしたか?

今回は元春日富士こと

岩永祥紀さんの突然の

訃報のお話でした。

華やかな現役時代から一転

して転げ落ちて行った引退後

の人生、正に波乱万丈とも

言える人生だったと思います。

51年と言う短い人生でしたが

全力で駆け抜けて逝った

人生だったと思います。

最後にこの場を借りて

岩永さんのご冥福をお祈りする

と共に今回はここで終わりとします。

それでは失礼します!

※2017/07/12 追記

その後読者から情報があり

岩永氏の死因は心筋梗塞による

ものだと言う事が分かりました。

改めて氏のご冥福をお祈り致します。

また親方を辞めた理由ですが

長くなるので簡略に説明すると、

岩永氏の不倫問題と春日山の

継承は別問題であり、

濱錦親方が岩永氏に支払う譲渡金

を渋ったから裁判になったと

言うのが経緯らしいです。

名跡証書の件に関しては

先代やその遺族が保管と言うケース

は譲渡金の分割払いを一括では

なく分割にしている場合とかは

よくあった事らしく2014年1月に

相撲協会の管理となる

以前は普通の事だった様です。

岩永氏が不倫問題で角界を去る

事になっても岩永氏本人には

譲渡金を受け取る正当な権利あり、

更に部屋の土地建物は岩永氏の

個人の名義であったので家賃とか

の固定費は当時岩永氏が支払う

義務があった様です。

しかし、部屋存続の固定費の支払いが

滞った事や長引く裁判でイメージダウン

を図り名跡強奪を図ったことが明らかに

なった為に協会は濱錦親方に対して

春日山部屋師匠辞任勧告をしたと

言うのが全てみたいです。

詳細な情報を提供して頂いた

読者様にはこの場を借りて

改めてお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

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コメント

  1. 故人の名誉のためにあえて記します。 より:

    岩永氏は病死です。
    ベースボールマガジン社「月刊相撲」2017年5月号に
    心筋梗塞だと記述がありました。

    なお、岩永氏が相撲協会退職を余儀なくされた不倫問題と
    年寄名跡「春日山」継承問題は全く別個のものです。そもそも
    関取在位25場所・幕内在位7場所という濱錦の実績では
    <どこかの部屋の継承者として指名される>以外には協会に残る
    方法がありませんでした。

    岩永氏が名跡「春日山」と部屋を譲ってくれなければ、
    引退と同時に濱錦は角界を去っていたはずです。それなのに、
    濱錦は岩永氏に支払うべき譲渡金を踏み倒そうとしたから
    訴えられてしまったのですよ。

    名跡証書を先代や先代遺族が保管…というのは、
    ’14年1月から相撲協会の管理となる以前はよくあることでした。
    (つまり譲渡金の分割払いをしている場合であるとか、
    先代の婿養子に入っている場合であるとかなどの事情です)

    岩永氏から濱錦への継承は、
    名跡が売買禁止となる以前の’12年のことです。
    不倫という不祥事で角界を去らなくてはならないとはいえ、
    岩永氏には譲渡金を受け取る正当な権利がありました。
    また部屋の土地建物は岩永氏の名義で、
    部屋継承で贈与にはなりません。使用の際に賃貸契約が
    発生しているのに、家賃も払わないとは何事か。

    このことや訴訟の長期化で岩永氏にダメージを負わせ、
    名跡強奪を図ったことが明らかになったから、相撲協会は
    濱錦に対して春日山部屋師匠辞任勧告をしたんですよ。

    濱錦が21代春日山親方でいられなくなったのは本人の責任です。

    • Flappingtotheworld1130 より:

      初めまして、コメントをありがとうございます。
      この度は詳細なご情報をありがとうございました。
      早速追記と言う形で訂正をさせて頂きましたので
      ご報告させていただきます。

      この記事を書いたのが2017年の3月だったので
      その後の情報については知りませんでした。
      誠に申し訳ありません。

      今回教えて頂きありがとうございました。