瀬戸上健二郎(Drコトーモデル)医師の高校大学は?家族や年収とかも!

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

どーも管理人です。

今日は土曜日なのでテンション高い人が多い

のではないでしょうか?

かく言う管理人もその一人です。

友達と遊びに行ったりDVD借りに行ったり

いろいろですね。

管理人はネットで時事などを調べることが

多いです。

もう禿しく趣味なんです。W

今日もその趣味も兼ねた気になったニュース

を皆さんにお届けさせてくんさい。(笑)

今気になったニュースがこれですね。

Dr.コトー診療所って知っている人も

多いと思います。

そのDr.コトーのモデルになった人の話です。

名前は瀬戸上健二郎(せとうえ けんじろう)

と言います。

今回瀬戸上さんは離島や過疎地などの地域医療

に多大な貢献しそこに住む住民の生活を支えた

医師を表彰する「日本医師会 赤ひげ大賞」

を受賞されました。

おめでとうございます。^^

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瀬戸上健二郎

名前:瀬戸上健二郎(せとうえ けんじろう)

生年月日:1941年3月

年齢:75歳

出身地:鹿児島県肝属郡東串良出身

瀬戸上さんはあの大人気TVドラマ

「Dr.コトー診療所」のモデルにもなった

人です。

瀬戸上さんは最初鹿児島大学附属病院

勤務した後に国立療養所南九州病院にて

外科部長まで務めておられます。
科の部長と言えばそこの医長でもある訳

ですから事実上のトップだったわけですね。

スゴイですね!

そして1978年に薩摩川内市の

下甑(しもこしき)島と言う孤島

赴任され39年間もの長きの間、

離島の住民の命を守り続け地域医療に貢献

されました。

素晴らしい人ですね。(*^^*)

今では手術だけでなく人工透析と言った

高度な医療に対応できるようになるまで

になったそうです。

素晴らしくホントに地域医療と医師の

鏡の様な人です。

Drコトーの漫画の方では手術に失敗して

離島に派遣された設定になっていますが

あれは設定上の作り話で瀬戸上さんは

鹿児島大学の外科で凄腕として鳴らされて

おり手術の名手としてレジェンド級の人です。

高校大学は

瀬戸上さんの高校については情報がなくて

分かりませんでしたが医学部に進学する

くらいですから高校も進学校なのは

間違いないと思います。
大学ですが鹿児島大学医学部卒業した後に

そのまま鹿児島大学付属病院の外科に

勤務されました。

瀬戸上さん程の優秀な方ならそのまま

大学に残り教授になる道もあったでしょうが

それをせずに常に患者と向き合って来られ

た人生で現場一筋の方です。

何故離島に?

それにしても瀬戸上さんが何故離島に赴任

したのでしょうか?

1978年に瀬戸上さんが開業医として開業するため

に医師不足の離島から要請があって当初は半年間の

短い期間での赴任でしたがもうちょっとだけって

感じでどんどん先延ばしにしていたら

いつの間にやらほぼ40年もの歳月が流れていました。

人口数千人の下甑(しもこしき)島にとって

瀬戸上さんはなくてなならない人です。

市の条例により赴任する医師の定年があって

瀬戸上さんが65歳の定年を迎えた時も

島の住民からの強い要望で瀬戸上さんの

定年が先延ばしにされそれから更に10年

もの間、島の医療を続けました。

瀬戸上さんが開業医として開業するために病院を

辞められたのですから離島に長い間赴任する覚悟

を決めるまでは相当悩んで葛藤したと思います。

それでも続けてこれたのは、この島から自分が

いなくなったら誰がやるんだ?って言う思いから

だと思います。

お金のためでななく純粋な義務感で離島の

医療に生涯を捧げる覚悟をしたのだと思います。

素直に尊敬に値する方だと思いました。

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家族は


瀬戸上さんのご家族は息子さんがお二人

おられる様です。

奥さんのことは分かりませんでしたが

息子二人とも島育ちでご長男は現在本土の

方で医師になるために頑張っておられるとの

ことです。

次男については分かりませんでしたが

もしかしたら次男も医師を目指しているの

かも知れませんが、

瀬戸上さんの背中と生き様を見て育って

いるので世の中に貢献してくれる立派な

大人に育ってもらいたいですね。

後任は

瀬戸上さんの後任として現在

内村龍一郎医師(52)が就任されています。

内村さんは瀬戸上さんと同じく離島医療などに

携わってきたベテラン医師で頼もしいですね!

現在の瀬戸上さんは下甑島を含む甑列島の医療の

相談役的な存在として同診療所勤務を続けておられる

とのことです。

いずれにせよ瀬戸上さんの後任問題は長年の問題でし

たから後任が見つかって本当に良かったです。

年収は

瀬戸上さんの年収はどのくらいなでしょうか?

市から派遣されている勤務医なので給料は

県から支払われていると思われますが

離島勤務なので年収は本土の大学や病院の

先生と比較したらホントに少ないと思います。

離島は不便ですし年収も大したことはないと

思います。

これが離島に医師が赴任したがらない理由の

一つでしょう。

瀬戸上さんはお金だけを考えたら病院で凄腕の

外科医でしたから本来なら今頃開業医として

成功されて年収もそれなりにあったと思いますが

その人生は選ばず離島での医療を選ばれました。

瀬戸上さんがお金ではなく気持ちで動く人と

言うことでしょう。

事実今回の「赤ひげ大賞」も瀬戸上さんは

次の様に言っておられます。

「島の皆さまの役に立って、喜んでもらえる。

医師にとって、こんなにうれしいことはない。

島に行ってよかったな、島に感謝しております」

ホントに頭が下がる思いですね。

まとめ

いかがでしたか?

今回の話をまとめると

・高校は不明だが大学は鹿児島大学

・離島への赴任は最初は半年間の限定だった

・瀬戸上さんの後任は内村龍一郎医師

・家族は息子さんお二人

・年収は大学、大病院の医師と比べるとかなり落ちると思われる。

以上です。

生涯を離島の地域医療に捧げられた瀬戸上さんの

生き様に見せられっぱなしでした。

事実は小説よりも奇なりとは言いますが

今回はそれ以上でした。

今回はここで終わりとします。

それではまた!

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