田村奈津枝(元女子サッカー)交通事故死!高校大学は?結婚や家族も

この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

どーも管理人です。

管理人は野球とサッカーだと野球の方が

好きなのですがもサッカーも見ます。

サッカーは学校の体育の授業でもよく

やていたので馴染みがあります。

でもサッカーは凄い走るので疲れますが

楽しいです。^^

最近では女子サッカーも人気がありますね。

サッカーもプロ化して久しいですが

そのサッカーで訃報が入って来ました。

元女子サッカーの田村奈津枝さんが

交通事故により薨去されました。

正直彼女のことはよく知らないのですが

これを機会に取り上げて調べてみようと

思いました。

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田村奈津枝

引用元:Ameba公式

田村さんが神奈川県出身で

女子のサッカー選手として大学で

活躍し卒業後の2005年に女子サッカーリーグ

(なでしこリーグ)に所属する日テレ・ベレーザ

に加入し中心選手の一人としてDFとして

日本女子サッカーの創成期を支えられました。

今のなでしこの先輩にあたる人です。

因みに日テレ・ベレーザは獲得タイトルが

なでしこリーグ最多の41回の名門です。

2007年に神戸市を本拠地をする

INACレオネッサに移籍して

なでしこオールスターにも選ばれ

活躍しましたが2009年に惜しまれながら

引退し、その後はコーチや海外で指導経験

積むためにドイツにコーチ留学するなど

指導者としての研鑽に励まれました。

日本に帰国後に女子中学生などが寮生活を

してサッカーを学ぶ日本サッカー協会の

愛媛の「JFAアカデミー今治」の契約コーチ

として未来のなでしこの育成に取り組んで

おり年齢的にも34歳と指導者としても

これからと言う時期の今回の事故が

起きました。

高校大学は

田村さんの高校は調べましたが

分かりませんでした。

高校時代にサッカーを始めたことは

分かっています。

高校でサッカーを初めて数年で日本の

女子サッカーの中心選手になるとは

才能もあったかも知れませんが

それ以上に田村さんの並々ならぬ

努力があったと思います。

サッカーに青春の全てを捧げておられたの

でしょうね。

大学は日本体育大学に進学し一気に花開きます。

全日本大学女子サッカー選手権大会を4連覇

と言う偉業を成し遂げまた国体にも

神奈川県代表として4大会連続出場

の快挙を達成しています。

本当に凄い実績です。

この時点でサッカー歴数年ですよ?

一体どれだけ努力という才能に恵まれ

たのでしょうか?

本人の強い意志がその土台にあったと思います。

そして大学卒業後に鳴り物入りでなでしこリーグ

に参加し獅子奮迅の活躍は先程述べた通りです。

家族は

田村さんの家族ですがこれも調べましたが

情報がありませんでした。

と言うか田村さんの情報って驚くほど

ないのです。

これだけ実績を残されているのに

珍しいです。

調べるにも苦労しました。

家族は年齢的にもまだお若いですし

いると思いますがこれからTVや新聞とか

で明らかにされるのでしょうか?

結婚は

結婚ですが、これも情報がありません。

まあ、元プロとは言え一般人ですから

情報がないのも仕方がないと言えば

そうなのですが、推測を入れて頂ければ

恐らく田村さんは独身だったのではないかと

思います。

と言うのも引退後に結婚したとはどこにも書いて

いなかったのです。

田村さんほどそれなりに知名度があれば、

結婚していればどこかに情報はあると思い

ます。

それと田村さんは契約コーチとして

愛媛の「JFAアカデミー今治」

で未来のなでしこ達を指導して

おられました。

ここは女子中学生が寮生活をしながら

サッカーに打ち込むところです。

言わば未来のなでしこの虎ノ門的

存在です。

当然コーチである田村さんも住み込みで

コーチとして働いていたでしょう。

結婚して家族がいたらコーチをするのは

困難ではないでしょうか?

出来ない事はないでしょうが家庭をコーチ業

の両立はかなり負担が大きく難しいと

思います。

ですがもしかすると彼氏とかはいても

おかしくなかったでしょうし、

年齢的に結婚も意識していても当然だと

思います。

これから指導者としても一人の女性としても

幸せになって行く筈だったのに夢絶たれた

田村さんの心中を察っすると心苦しいですね。。

今は彼女のご冥福を祈り彼女の教え子の中から

未来のなでしこが誕生する事を願うのみです。

まとめ

いかがでしたか?

今回は日本女子サッカーリーグの

先駆者である田村奈津枝さんの

お話でした。

田村さんの現役生活は短かったですが

それも含めて文字通り太く短くフィールド

も人生も全力疾走されました。

彼女の功績は消えることなく、これからも

後進の指標となって残りつづけるでしょう。

田村さん本当にお疲れ様でした。

今回はここで終わりとします。

それではまた!

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